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安達です。
菊池寛の『ごくらく』という小説を読みました。
生きている間も、死んでからも、念仏を一心に唱え、ただ極楽に行ける事だけが目標のおばあさんが主人公です。
その目標があったので、死ぬ事も、極楽までの長い道のりも、楽しくさえありました。
やっと、先に来て待っているおじいさんのもとにたどり着きます。
極楽は、話の通り苦しい事など何もありません。病気も、悩みも、年を取る事もありません。見る物は全て美しく、暑さも寒さもありません。
おばあさんは、長い間念仏を唱え続けたかいがあったのです。
しかし、何年経っても、その状態に変化がない事がだんだん苦痛になってきます。いつになったら他の場所に行けるのだろうと考えますが、念仏の教えの中には、極楽に行くという最終地点しかないのです。おばあさんは苦痛の中で極楽に居続けるしかない、こんなお話です。
極楽とは苦しくないという事です。苦しくない状態を私達は苦しい時ほど恋い焦がれます。簡単に手に入る苦しくない状態に飛びつきます。でも、自分にしか分からない苦痛を乗り越える戦いをするから、自分にしか分からない喜びや幸せに出会えるのでしょう。 そして、自分にもこんな凄い力があったのだと気づくこともできます。
実はそこに本当の極楽があるような気がします。
菊池寛の『ごくらく』という小説を読みました。
生きている間も、死んでからも、念仏を一心に唱え、ただ極楽に行ける事だけが目標のおばあさんが主人公です。
その目標があったので、死ぬ事も、極楽までの長い道のりも、楽しくさえありました。
やっと、先に来て待っているおじいさんのもとにたどり着きます。
極楽は、話の通り苦しい事など何もありません。病気も、悩みも、年を取る事もありません。見る物は全て美しく、暑さも寒さもありません。
おばあさんは、長い間念仏を唱え続けたかいがあったのです。
しかし、何年経っても、その状態に変化がない事がだんだん苦痛になってきます。いつになったら他の場所に行けるのだろうと考えますが、念仏の教えの中には、極楽に行くという最終地点しかないのです。おばあさんは苦痛の中で極楽に居続けるしかない、こんなお話です。
極楽とは苦しくないという事です。苦しくない状態を私達は苦しい時ほど恋い焦がれます。簡単に手に入る苦しくない状態に飛びつきます。でも、自分にしか分からない苦痛を乗り越える戦いをするから、自分にしか分からない喜びや幸せに出会えるのでしょう。 そして、自分にもこんな凄い力があったのだと気づくこともできます。
実はそこに本当の極楽があるような気がします。
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