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安達かずみです。
なんで、私はこんな事をやってるのだろう、これがいったい何の為になってるのだろう、と、一生懸命にやっている事に何の価値もないように思い始めると、もう、全てがイヤになります。
一番わかりやすい´意味`は目に見える報酬です。これがない時に、上記のような思考にはまり込むと、喜びや幸せから遠くなります。
最近、ここにはまり込んだのですが、復活できたのは、『ながぐつをはいた猫』のおかげです。
このてのお話は、世界中の民話や昔話に必ずあります。
愚鈍な末っ子が、こびとや、老人、猫やネズミなど、知恵のある人間なら見向きもしない存在の言うことを素直に聞いて、その通りに行動する。最後はお姫様をゲットしたり、金持ちになったりする物語です。
自分の目の前に現れる、とるに足りないような物や出来事に耳をすまして、それが、やるべきだと語るなら、分からなくても、その道を行こう。分かるのは物語の最後でいいや。と思ったら、元気復活しました。
分かっる、知ってるは、手放すにかぎります。
なんで、私はこんな事をやってるのだろう、これがいったい何の為になってるのだろう、と、一生懸命にやっている事に何の価値もないように思い始めると、もう、全てがイヤになります。
一番わかりやすい´意味`は目に見える報酬です。これがない時に、上記のような思考にはまり込むと、喜びや幸せから遠くなります。
最近、ここにはまり込んだのですが、復活できたのは、『ながぐつをはいた猫』のおかげです。
このてのお話は、世界中の民話や昔話に必ずあります。
愚鈍な末っ子が、こびとや、老人、猫やネズミなど、知恵のある人間なら見向きもしない存在の言うことを素直に聞いて、その通りに行動する。最後はお姫様をゲットしたり、金持ちになったりする物語です。
自分の目の前に現れる、とるに足りないような物や出来事に耳をすまして、それが、やるべきだと語るなら、分からなくても、その道を行こう。分かるのは物語の最後でいいや。と思ったら、元気復活しました。
分かっる、知ってるは、手放すにかぎります。
安達かずみです。
西原理恵子著『ぼくんち』の中にある場面
姉ちゃん「卵焼き、好き?」
弟「好き」
姉ちゃん「~、好き」
弟「好き」
このやりとりが、何回も続き、弟が、なんで、何回も、「好き」って言わせるの、と聞きます。
姉ちゃんが、「本当に言わなきゃならない時に言えるようにするため」
こんな内容だったと思います。
私も、昨日1日、心の中でやってみました。
夫の顔を見て、「好き?」「大好き!」
母の顔を見て「好き?」 「大好き」
この調子で、やる事、出会う人、なるべく忘れないように、「好き?」「大好き」を連発しました。
絶対良い事あるから、やってみて下さい。
西原理恵子著『ぼくんち』の中にある場面
姉ちゃん「卵焼き、好き?」
弟「好き」
姉ちゃん「~、好き」
弟「好き」
このやりとりが、何回も続き、弟が、なんで、何回も、「好き」って言わせるの、と聞きます。
姉ちゃんが、「本当に言わなきゃならない時に言えるようにするため」
こんな内容だったと思います。
私も、昨日1日、心の中でやってみました。
夫の顔を見て、「好き?」「大好き!」
母の顔を見て「好き?」 「大好き」
この調子で、やる事、出会う人、なるべく忘れないように、「好き?」「大好き」を連発しました。
絶対良い事あるから、やってみて下さい。
安達かずみです。
リュウ ウシャクという人の『秋思』という詩があります。
昔から人は秋になると、その静かで寂しいことを悲しむが、私は、秋の方が、春の朝に勝っていると言いたい。晴れ上がった秋空高く、一羽の鶴が雲を押し分けて上ると、人の歌心を誘って、大空の上まで昇らしめるようである。
という内容です。
また、トボクという人は
遠くもの寂しい山に登っていくと、石ころの多い小道が斜めに続いている。そしてはるか上の白雲の生ずるところに人家がみえる。私は車を止めて、夕暮れの楓の林を眺めたが、霜のために紅葉した葉は2月の花よりも、なお美しく赤いことであった(『山行』)と歌っています。
´寂しさ`は視線を変えた時になんとか変えることが出来るものなのかもしれません。

リュウ ウシャクという人の『秋思』という詩があります。
昔から人は秋になると、その静かで寂しいことを悲しむが、私は、秋の方が、春の朝に勝っていると言いたい。晴れ上がった秋空高く、一羽の鶴が雲を押し分けて上ると、人の歌心を誘って、大空の上まで昇らしめるようである。
という内容です。
また、トボクという人は
遠くもの寂しい山に登っていくと、石ころの多い小道が斜めに続いている。そしてはるか上の白雲の生ずるところに人家がみえる。私は車を止めて、夕暮れの楓の林を眺めたが、霜のために紅葉した葉は2月の花よりも、なお美しく赤いことであった(『山行』)と歌っています。
´寂しさ`は視線を変えた時になんとか変えることが出来るものなのかもしれません。
安達かずみです。
今、聞いている音を全神経を総動員して、聞き、見ているのなら、全神経で見る。そういう瞬間を1日に1回でも持てたらいいなと思います。
大分県民はガサゴと言われます。いつもガサガサと落ち着きがない子というような意味だと思います。
私も間違いなくガサゴで、聞いていても、頭の中では他のことを考えていたり、見ているつもりで、心は違うところに行っています。
何か、急いで、次のことをしないといけないような気になっているようなのです。
だから、自分に「急がなくていいから」と言い聞かすようにしています。
今は、この音を出している。別に急いで次の音に進む必要なんか全然ないんよ。何十年、この音だけ出しててもいいんよ。
じっと、ここにいて、この景色を眺めてていいんよ。
そう、言い聞かせて、今、ここから自分が抜け落ちないように。
「今」にとどまれ!私!
今、聞いている音を全神経を総動員して、聞き、見ているのなら、全神経で見る。そういう瞬間を1日に1回でも持てたらいいなと思います。
大分県民はガサゴと言われます。いつもガサガサと落ち着きがない子というような意味だと思います。
私も間違いなくガサゴで、聞いていても、頭の中では他のことを考えていたり、見ているつもりで、心は違うところに行っています。
何か、急いで、次のことをしないといけないような気になっているようなのです。
だから、自分に「急がなくていいから」と言い聞かすようにしています。
今は、この音を出している。別に急いで次の音に進む必要なんか全然ないんよ。何十年、この音だけ出しててもいいんよ。
じっと、ここにいて、この景色を眺めてていいんよ。
そう、言い聞かせて、今、ここから自分が抜け落ちないように。
「今」にとどまれ!私!