×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
安達かずみです。
2012年が始まります。
私は、今年の年賀状にタンポポの綿毛を描き、「どこに あっても 上機嫌」という言葉を書きました。
今朝も、その言葉を思いながら、15、6年ほど前にレッスンを受けたフルートのショッホー先生の顔を思い出していました。
ショッホー先生は、私にレッスンをしてくださった時、こんな事を言って下さいました。
「たとえば、あなたがフルートを吹いているのを、目の前で邪魔する人がいるかもしれない。でも、今、あなたがする事はフルートを吹くことです。
たとえば、朝、オーケストラの練習があって、昼から室内楽の練習があって、夕方レッスンをして、夜、オーケストラの本番があって、夜中、録音という日があるかもしれない。そのどこを取ってもあなたのコンディションは常にゴールドでなくてはなりません」
このショッホー先生は、まさに、ご自身の言葉通りの姿を私に見せてくださってました。
どんな人が目の前に来ようと、朝から夜まで、自分が上機嫌である事、元気である事の邪魔にはならない、という姿です。
髪は薄く、間違いなくおじいさんでしたが、唇の端をいつもキュッと上げて、青い目は澄んでいて、ずっと見ていると、だんだんショッホー先生が少年に見えてくるのです。
あの時から、ずっとこの先生のようになりたいと思い続けてきましたが、まるで近づいていない気がします。
再び、決意を新たに、ショッホー先生を心に入れて「どこを取ってもゴールド」を目指したいと思います。
2012年が始まります。
私は、今年の年賀状にタンポポの綿毛を描き、「どこに あっても 上機嫌」という言葉を書きました。
今朝も、その言葉を思いながら、15、6年ほど前にレッスンを受けたフルートのショッホー先生の顔を思い出していました。
ショッホー先生は、私にレッスンをしてくださった時、こんな事を言って下さいました。
「たとえば、あなたがフルートを吹いているのを、目の前で邪魔する人がいるかもしれない。でも、今、あなたがする事はフルートを吹くことです。
たとえば、朝、オーケストラの練習があって、昼から室内楽の練習があって、夕方レッスンをして、夜、オーケストラの本番があって、夜中、録音という日があるかもしれない。そのどこを取ってもあなたのコンディションは常にゴールドでなくてはなりません」
このショッホー先生は、まさに、ご自身の言葉通りの姿を私に見せてくださってました。
どんな人が目の前に来ようと、朝から夜まで、自分が上機嫌である事、元気である事の邪魔にはならない、という姿です。
髪は薄く、間違いなくおじいさんでしたが、唇の端をいつもキュッと上げて、青い目は澄んでいて、ずっと見ていると、だんだんショッホー先生が少年に見えてくるのです。
あの時から、ずっとこの先生のようになりたいと思い続けてきましたが、まるで近づいていない気がします。
再び、決意を新たに、ショッホー先生を心に入れて「どこを取ってもゴールド」を目指したいと思います。
PR
安達かずみです。
12月は、幼稚園、小学校、青年が主催するパーティー、50代の人が仕切るパーティーと、幅広い年齢層の人に出会いました。
そんな中で、だんだん強くなる思いがあります。
それは、年を取ることのスゴサです。
「若さ」にはエネルギーと夢見る未来があります。
でも、目配り、心配り、直感力や人を惹きつける磁石のような力を若くして持っている人は本当に稀です。
50年60年と培ってきた力はお金では買えません。
どんなに美しくても、この人のようになりたいと思う若い人はいませんが、私よりも年上の人の中には、この人のようになりたいと思う人がたくさんいます。
私も52歳になって、やっと、その事が分かるようになったのでしょうか。
この人のようになりたいと、思う人に近づくには、あと百年あっても足りない気がしますが、今日また近づく道を前に進みます。
12月は、幼稚園、小学校、青年が主催するパーティー、50代の人が仕切るパーティーと、幅広い年齢層の人に出会いました。
そんな中で、だんだん強くなる思いがあります。
それは、年を取ることのスゴサです。
「若さ」にはエネルギーと夢見る未来があります。
でも、目配り、心配り、直感力や人を惹きつける磁石のような力を若くして持っている人は本当に稀です。
50年60年と培ってきた力はお金では買えません。
どんなに美しくても、この人のようになりたいと思う若い人はいませんが、私よりも年上の人の中には、この人のようになりたいと思う人がたくさんいます。
私も52歳になって、やっと、その事が分かるようになったのでしょうか。
この人のようになりたいと、思う人に近づくには、あと百年あっても足りない気がしますが、今日また近づく道を前に進みます。
安達かずみです。
あの時以来やな、と5年ぶりくらいに会ったTさんが言いました。
私は、覚えてなかったのですが、たまたま、行ったコンサート会場で、Tさんと出会った時に、私の方から、声をかけて、私はTさんのホッペタを両手で挟んで、「Tさん、ここに来れたんやね。良かった。死なんで良かった~」と言ったのだそうです。
Tさんは、その頃から、うつ病で、死んでいてもおかしくないような状態だったのです。そのTさんがコンサートに来れたことがとても嬉しかったから、そんなことを言ったのだと思います。
あのコンサート会場での出会い以来、Tさんは、仕事の転勤で遠くに行っていましたが、また、私の近くに帰って来てくれました。
Tさんの奥さんは、私の大好きな智子さんです。
Tさん、私の為に帰ってくれてありがとう。
昨日会ったTさんは元気にたくさんしゃべりました。
Tさんに、「安達さんの所に帰ってきたから、もう大丈夫」と思ってもらえたらいいな。
あの時以来やな、と5年ぶりくらいに会ったTさんが言いました。
私は、覚えてなかったのですが、たまたま、行ったコンサート会場で、Tさんと出会った時に、私の方から、声をかけて、私はTさんのホッペタを両手で挟んで、「Tさん、ここに来れたんやね。良かった。死なんで良かった~」と言ったのだそうです。
Tさんは、その頃から、うつ病で、死んでいてもおかしくないような状態だったのです。そのTさんがコンサートに来れたことがとても嬉しかったから、そんなことを言ったのだと思います。
あのコンサート会場での出会い以来、Tさんは、仕事の転勤で遠くに行っていましたが、また、私の近くに帰って来てくれました。
Tさんの奥さんは、私の大好きな智子さんです。
Tさん、私の為に帰ってくれてありがとう。
昨日会ったTさんは元気にたくさんしゃべりました。
Tさんに、「安達さんの所に帰ってきたから、もう大丈夫」と思ってもらえたらいいな。
安達かずみです。
今日は、日田市の三芳小学校で人権講演をしました。
--人間は社会がなければ生きていけない。だから、少年期、青年期で社会で生きていける訓練と勉強をするが、では、社会に必要な何を身につけなくてはならないのか。それは信用される力だ--
こういう話をした後、では信用できない人ってどんな人?と聞いてみました。
4年生から上の子供たちでしたが、
「ウソをつく人」
「ワガママな人、自分のことしか考えてない人」
「人に頼ってばかりで、自分で何もしようとしない人」と、声があがりました。
私が「すぐキレる人」というと「うん、そうそう」と賛同の声。
人生たった10年足らずで、信用できる人とできない人の違いを皆ちゃんと分かっているのです。
あとは、人を評価する目だけでなく、自分が人から「信用に足りる人間」だと評価される人になるだけです!ガンバレ!
今日は、日田市の三芳小学校で人権講演をしました。
--人間は社会がなければ生きていけない。だから、少年期、青年期で社会で生きていける訓練と勉強をするが、では、社会に必要な何を身につけなくてはならないのか。それは信用される力だ--
こういう話をした後、では信用できない人ってどんな人?と聞いてみました。
4年生から上の子供たちでしたが、
「ウソをつく人」
「ワガママな人、自分のことしか考えてない人」
「人に頼ってばかりで、自分で何もしようとしない人」と、声があがりました。
私が「すぐキレる人」というと「うん、そうそう」と賛同の声。
人生たった10年足らずで、信用できる人とできない人の違いを皆ちゃんと分かっているのです。
あとは、人を評価する目だけでなく、自分が人から「信用に足りる人間」だと評価される人になるだけです!ガンバレ!
安達かずみです。
昨日は詩吟の記念行事に参加しました。
義父が詩吟の指導者をしていたので、親孝行のつもりで始めて、もう30年近くになります。
年数が長いばかりでいっこうに上達しません。
趣味で何かをしている人の気持ちが、おかげでよく分かります。
昨日は、特別な大会だったので、私も和服を着ました。
義母が、たくさん持っている着物の中から、貸してくれました。
今までに、着物をきたのは、片手で数えられるほどです。
大会が終わり、祝賀会も終わり、二次会に行った時に、来賓の一人の方から、お叱りを受けました。
帯に差す扇の差し方が、なってなかった、舞台に上がってひっぱたいてやろうかと思うくらい腹が立った、と言われました。
ひっぱたかれなくて良かった、とホッとしましたが、扇の差し方がそんなに大事なことだとは、全然知りませんでした。
下になる方の襟の延長線上に差し、指二本分だけ帯の上に出すのが、正しい扇の差し方だそうです。
日本人のクセに、年も若くもないのに、なんと恥ずかしいヤツだ。と思われたのです。これを読んでいるかなり多くの方も同じことを考えられることでしょう。
知っている人と、知らない人は、平等ではあっても対等にはなれません。
知っている人が、まず、この人は「知らない」ということを認識して、相手は自分が「知らない」ことさえわかっていないのだから、「わかっていません、認識していません」という自覚が出来るようにし、その後に「分かりたい、知りたい」と希望するように持っていくのが、平等ということでしょうか。
なんでこんなことも知らないんだ、というのは、評価です。評価は上から目線です。
んー、でも、これを結構やってるんですよねえ私も。
昨日は詩吟の記念行事に参加しました。
義父が詩吟の指導者をしていたので、親孝行のつもりで始めて、もう30年近くになります。
年数が長いばかりでいっこうに上達しません。
趣味で何かをしている人の気持ちが、おかげでよく分かります。
昨日は、特別な大会だったので、私も和服を着ました。
義母が、たくさん持っている着物の中から、貸してくれました。
今までに、着物をきたのは、片手で数えられるほどです。
大会が終わり、祝賀会も終わり、二次会に行った時に、来賓の一人の方から、お叱りを受けました。
帯に差す扇の差し方が、なってなかった、舞台に上がってひっぱたいてやろうかと思うくらい腹が立った、と言われました。
ひっぱたかれなくて良かった、とホッとしましたが、扇の差し方がそんなに大事なことだとは、全然知りませんでした。
下になる方の襟の延長線上に差し、指二本分だけ帯の上に出すのが、正しい扇の差し方だそうです。
日本人のクセに、年も若くもないのに、なんと恥ずかしいヤツだ。と思われたのです。これを読んでいるかなり多くの方も同じことを考えられることでしょう。
知っている人と、知らない人は、平等ではあっても対等にはなれません。
知っている人が、まず、この人は「知らない」ということを認識して、相手は自分が「知らない」ことさえわかっていないのだから、「わかっていません、認識していません」という自覚が出来るようにし、その後に「分かりたい、知りたい」と希望するように持っていくのが、平等ということでしょうか。
なんでこんなことも知らないんだ、というのは、評価です。評価は上から目線です。
んー、でも、これを結構やってるんですよねえ私も。
